お金がない休みの過ごし方
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ゴールデンウィークが終わってから7月まで祭日がないのでカレンダー通りに休日がある方や学生さんは大変ですね。
子猫が子どもの頃、ゴールデンウィークや盆と正月の休みの時期は福岡から大分にある父と母の実家に家族で遊びに行っていました。
子どもは夏休みが長いですが父は盆は3日しか休みがないのに大分に行って帰って、体を休める暇がなかったので大変だったのではないかと思うのですが毎回休みのたびに行っていました。
子猫はそこでいとこたちに会って遊ぶのが楽しみでした。
でも車酔いするし、よその家で数日暮らすのは気を遣うし、できたら家にいたいなーとも思っていました。
中学1年生の冬休みのこと、今年は田舎に行かない、と言われました。
当時はどうしてか考えなかったのですがあとから考えてみるとうちには車がなかったのですよね、その頃。
そういえば一時期、父がバイク通勤していました。
中学1年生から3年生の頃かな?よく覚えていませんが、多分、うちにお金がなかったのだと思います。
3年生の時、塾に通わせてもらったのですが一緒に通っていた友達2人のお父さまが交代で迎えに来てくださっていて、子猫も乗せていただいていました。
父が迎えに来ることはなく、そのことも子猫は深く考えたことはなかったのですが、迎えに来てくださる友達のお宅に菓子折りを持って母と挨拶に行ったのは覚えています。
車を出せないことで両親は肩身の狭い思いをしていたのだと思います。
で、その頃の正月の過ごし方ですが、それまで毎回親戚の家に行っていたので自宅で過ごす正月というのが子猫は新鮮で楽しかったです。
クリスマス頃、父が大きなジグソーパズルを買ってきて正月休みの間に完成させるのが恒例になっていました。
家族で手分けして、まず周りのまっすぐな辺があるピースを選別します。
何個もピースを分ける箱を用意します。
色別に分けたり、模様のない部分はノギスで出っ張りを測って大きさごとに分けたり、形に特徴のあるピースは「ハート型」とか「H型」と呼んで分けて置いたりしました。
朝、起きたらまずパズル。夜もこたつを囲んでみんなで分担してコツコツ、パズルを続けました。布団に入って目をつぶるといろんな形のピースが見えて頭の中で組み立ててしまいます。
妹はまだ小さかったので大して参加できませんでしたが時々、明らかにここだ、というピースをパチンとはめさせてもらって得意げでした。
多分、里帰りするための交通費やお土産代、お年玉を節約して子どもたちを退屈させないためにやっていたのだと思いますが、子猫はあの頃、お金がないなんて考えていなかったなー。
家族でジグソーパズルをしたのがとても楽しくてよい思い出として残っています。